新たな始まり

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新たな始まり
作者:バラク・オバマ

以下は、2009年6月4日に、アメリカ合衆国大統領バラク・オバマが、エジプトの首都カイロに位置するカイロ大学で行った講演である。午後1時10分から2時05分(現地時間)までの1時間弱の演説であった。
なお、本項における章立ては英語版に従ったが、底本とは何らの関係もない。

カイロ大学で講演するバラク・オバマ

はじめに[編集]

どうもありがとう。こんにちは。この不朽の都市カイロの地を踏めたこと、そして2つの立派な教育機関に招かれたことは光栄である。アル=アズハル大学は、1000年以上に亙ってイスラームの学問を主導してきた。またカイロ大学は、100年以上に亙ってエジプトの進歩の源となってきた。両大学は共に、伝統と進歩の調和を象徴している。諸君の温かい歓迎、そしてエジプト国民諸君の温かい歓迎に感謝する。同時に、米国民の親善と、米国内のイスラーム社会からの平和の挨拶とを伝えることを誇りに思う。アッサラーム・アレイクム(諸君に平和を)。

イスラームと米国[編集]

我々がここに集っている今、世界は合衆国とムスリムの間の大いなる緊張――現在の如何なる政策論争をも超えた、歴史の力に根差す緊張――の時代にある。イスラームと西洋との関係を顧みると、何世紀にも亙る共存と協力もあったが、対立と宗教戦争もあった。最近では、植民地主義冷戦によって、こうした緊張が高まりを見せた。植民地主義は、多くのムスリムの権利と機会を否定した。また冷戦時代には、ムスリムが多数を占める諸国が、己の願望と関係なく度々代理戦争を強いられた[1]。のみならず、近代化グローバル化による劇的な変化の結果、多くのムスリムが、西洋社会をイスラームの伝統に対する敵として見るようになった。

暴力的過激派は、小規模ながら有力なイスラーム少数派に内在する、こうした緊張を利用してきた。2001年9月11日の攻撃や、過激派による一般市民への継続的暴力行為の故に、米国民の中にはイスラームのことを、米国と西洋諸国に対してのみならず、人権に対する必然的な敵と考える者が現れている。こうした一連の事象が、更なる恐怖や更なる不信を生んでいる。

我々の関係が相違点によって定義されている限り、我々は、平和ではなく憎悪の種を蒔く人々、我々皆が正義と繁栄を達成するのを助けてくれる協力より、対立を促進する人々を勢い付けることになってしまう。斯様な疑惑と不和の連鎖は断たれねばならない。

私がここカイロへ来たのは、新たな始まりを模索するためである。合衆国と世界中のムスリムとの間の新たな始まりを。相互の利益と尊敬に基づく新たな始まりを。そして、米国とイスラームは閉鎖的でもなければ競合の必要性もないという真実に基づく新たな始まりを。米国とイスラームは重なり合っており、正義と前進、寛容と全人類の尊厳という原則を共有しているのである。

変化が一夜にして起こる訳ではないことは判っている。この演説が耳目を集めていることは承知しているが、1度の演説で長年の不信を根絶できるものではないし、本日の持ち時間の範囲では、我々を斯様な状況に至らしめた複雑な問題全てに答えることもできない。だが、私は確信している。前進するためには、心に秘めて滅多に口外せずにいる事柄について、互いが率直に語り合わねばならないと。互いに耳を傾け合い、互いから学び合い、互いに尊重し合い、合意点を探す努力を続けねばならない。クルアーンは言う。「を意識し、常に真実を語れ」と。私も本日、そう努めたい――眼前の課題を謙虚に受け止めつつ、我々が人類として共有する利害は、我々を分かつ力よりも遥かに強いと堅く信じて、可能な限り真実を語る所存である。

こうした確信の一部は、私自身の経験に根差している。私はキリスト教徒だが、父は幾世代ものムスリムを含むケニアの一族出身である。私は幼少期の数年間をインドネシアで過ごし、暁と黄昏時にはアザーンを聞いたものである。青年期にはシカゴのとある地域で働いていたが、そこには、イスラーム教の信仰に尊厳と平安を見出す者が多くいた。

また、歴史を学んだ身として、私は、イスラーム教が文明に相当な貢献をしてきたことも承知している。アル=アズハルのような場所で、幾世紀にも亙って学問という光を継承し、欧州ルネサンス啓蒙思想への道を開いてきたのは、イスラーム教であった。代数学の数理を発展させ、羅針盤その他の航海道具を開発し、ペン印刷技術を発達させ、疫病蔓延の仕組みやその治療法に関する理解を深めさせたのは、イスラーム社会での技術革新であった。イスラーム文化は、堂々たる迫持と聳え立つ尖塔を、不朽のと愛すべき音楽を、優雅な書法と静かな思索の場所を、我々に与えた。そして歴史を通じてイスラーム教は、宗教的寛容と人種間平等の可能性を、その言動で実証してきた。

また私は、イスラームが常に米国史の一部であり続けたことも承知している。米国を最初に承認した国家はモロッコであった。1796年にトリポリ条約に署名する際、第2代米国大統領ジョン・アダムズは、「合衆国には、ムスリムの法律、宗教、または安定に対する敵意などない」と記した。そして建国以来、米国人のムスリムは合衆国を富ませてきた。彼らは戦争で従軍し、政府に奉職し、公民権を支持し、事業を興し、大学で教え、競技場で勝利し、ノーベル賞を受賞し、米国一高い建造物を築造し、オリンピックの聖火を灯してきた。最近では、米国で初めて連邦議会議員に選出されたイスラーム系米国人[2]が、建国の父の1人――トマス・ジェファスン――が書斎に置いていたクルアーンを使って、憲法の遵守を誓った。

故に私は、イスラーム教発祥の地であるこの地域に来る前から、3つの大陸でのイスラーム教を知っていたのである。こうした経験の故に、私は確信している。米国とイスラームとの協力は、「イスラームとは何でないのか」ではなく、「イスラームとは何なのか」に基づくべきであると。そして、イスラームに対する否定的な固定観念が何処かで生ずれば、これと戦わねばならない、それが米国大統領としての責務の1つであると考える。

だがその原則は、米国に対するムスリムの認識にも適用されて然るべきである。ムスリムに粗雑な固定観念がそぐわないのと同様に、米国にも「利己的な帝国」という粗雑な固定観念はそぐわない。合衆国は、世界史上有数の進歩の源となってきた。我が国は、帝国に対する革命から誕生した。我が国は全ての人間が平等に創られているとの理想の上に築かれた。そして我が国はこれらの言葉に意味を与えるため、――国内、あるいは世界中で――何世紀にも亙って血を流し、格闘してきた。我々は、あらゆる文化によって形成され、世界各地から引き寄せられ、ある簡潔な概念、即ち「エー・プルーリブス・ウーヌム(多くから成る1つ)」のためにその身を捧げている。

さて、バラク・フセイン・オバマという名のアフリカ系米国人が大統領に選出されたということが取り沙汰されている。だが私の経歴は、それほど変わったものではない。全人民に機会をという夢は、全ての米国民に対して叶った訳ではないが、その約束は我が国に来る者全てに対するものである。その中には、700万人近い米国のムスリムも含まれており、彼らは米国民の平均を上回る収入と教育水準を享受している。

更に、米国における自由は、信教の自由と不可分の関係にある。我が国の全州にモスクがあり、国全体では1200を超えるモスクが存在するのは、この故である。合衆国政府が、女性や少女がヒジャーブを着用する権利を保護し、これを否定する者を罰するために提訴するのは、この故である。

だから断言しよう。イスラームは米国の一部である。そして私は信ずる。米国内には、人種や宗教、身分に関係なく、皆が共通の願望を――平和かつ安全に暮らし、教育を受け尊厳をもって働き、家族と地域社会と神を愛するという願望を――共有している事実があると。こうした願望を、我々は共有している。これは、全人類の希望なのである。

無論、共通の人間性を認めることは、為すべきことの始まりに過ぎない。言葉だけでは、人民の要望に応えられない。そして、こうした要望に応えるには、今後数年に亙って大胆に行動すること、そして我々が直面している課題が共通のものであり、対処を怠れば我々皆が損害を蒙るということを理解するより他にない。

何故なら我々は、最近の体験から学んだからである。一国の金融構造が脆弱になれば世界中の繁栄が損なわれるということを。1人が新型インフルエンザに感染すれば、全人類が危険に晒される。一国が核兵器を欲すれば、全国家にとって核攻撃の危険が増大する。暴力的過激派が山岳の何処かで動けば、海の向こうの民が危殆に瀕する。ボスニアダルフールで無辜の民が殺戮されれば、我々全員の良心の汚点となる。これこそ、21世紀においてこの世界を共有するということの何たるかである。これこそ、我々が人として相互に負っている責任なのである。

そしてこれは、甘受し難い責任である。何故なら、人類の歴史は往々にして、国家や部族が――そして、そう、宗教が――、己の利益のために相互に征服し合ってきた記録だからである。しかし、この新たな時代にあっては、こうした態度は自滅的である。我々の相互依存関係を考えると、1つの国家、又は1つの集団を他のそれよりも上位に置くような世界秩序は、必ずや崩壊するであろう。故に我々は、過去をどう考えようとも、過去に囚われてはならない。協力関係によって諸問題に対処し、進歩を共有せねばならないのである。

それは、我々が緊張の源を無視すべきだという意味ではない。むしろその逆で、我々はこれらの緊張と真っ向から対峙せねばならない。故にこの精神に基づき、共に対処すべきであると思ういくつかの具体的課題について、可能な限り簡潔明瞭にお話ししたい。

緊張の主因[編集]

暴力的過激主義[編集]

我々が立ち向かわねばならない第1の課題は、あらゆる形態の暴力的過激主義である。

私はアンカラにて、米国はイスラームと戦争をしている訳ではないこと――そして今後も同様であること――を明言した[3]。しかし我々は、自国の安全保障に重大な脅威を及ぼす暴力的過激派には容赦なく立ち向かう――何故なら我々は、あらゆる信仰を持つ人民が拒否すること、即ち無辜の男女や児童の殺害を拒否するからである。そして、大統領としての私の1番の義務は、米国民を守ることである。

アフガニスタンにおける状況は、米国の目標を示すと同時に、我々が協力することの必要性をも示している。7年以上前、合衆国は国際社会の幅広い支持を得て、アル=カーイダターリバーンを追った。我々はこれを自ら選択したのではなく、必要に迫られて行ったのである。今なお9月11日の事件を疑い、あるいはこれを正当化する者すらいることは承知している。だが、はっきり言おう。あの日、アル=カーイダは3000人近くの民を殺害した。犠牲者は、米国その他多くの国々の無辜の男女や児童であり、彼らは他人を害するような行為など全くしていなかった。にも拘らずアル=カーイダは、こうした民を容赦なく殺害することを選択し、攻撃の功績を主張し、今なお殺戮の決意を表明している。彼らは多くの国々に支部を有し、勢力範囲の拡大を図っている。これらは、議論されるべき見解ではない。対処されるべき事実なのである。

だが、誤解しないで頂きたい。我々はアフガニスタンに軍を駐留させ続けることを望んではいない。同地に軍事基地を設置することも求めてはいない。若き男女を失うことは、米国にとって大きな苦痛である。紛争の継続は、費用が嵩む上に政治的にも困難である。可能な限り多くの米国民を殺害しようと決意した暴力的過激派が、アフガニスタンに、そして現在ではパキスタンにもいないと確信できるならば、喜んで兵を1人残らず帰還させよう。だが、未だそのような状況にはなっていない。

米国が46ヶ国連合と連携している理由はここにある。そして、費用が嵩もうとも、米国の決意は弱まらない。実際、何人たりともこれらの過激派を黙認してはならない。彼らは多くの国で殺人を犯してきた。彼らは、様々な宗教の民を殺害してきた――だが、他にも増してムスリムを殺害してきた。彼らの行動は、人間の権利、国家の進歩、そしてイスラーム教とは相容れない。クルアーンは、「無辜の民を1人殺す者は、全人類を殺すも同然である」と教えている。同時にクルアーンは、「1人の民を救う者は、全人類を救うも同然である」とも教えている。10億を超える民の揺るぎなき信仰は、少数の人々の偏狭な憎悪よりも遥かに大きい。イスラームは、暴力的過激主義との戦いにおける問題の一部分ではない――平和推進の重要な一部分なのである。

さて、軍事力だけではアフガニスタンとパキスタンにおける課題を解決できないということも判っている。我々が毎年15億ドルを向こう5年に亙って投じ、パキスタンと提携し、学校、病院、道路、事業施設を建設すること、そして難民を救済するために数億ドルを投じることを計画しているのは、この故である。また、アフガニスタン国民が自国経済を発展させ、国民が必要とする便益を供与するのを支援すべく、28億ドルを超える資金を提供する。

イラク問題についても申し上げたい。アフガニスタンとは異なり、イラクの場合は米国自らが戦争を選択し、米国内でも世界でも大きな意見の対立を惹起した。私は、サッダーム・フセインの専制が消滅した結果、イラク国民の境遇は最終的に改善したと信ずるが、同時にイラクでの出来事は米国に対し、問題解決のためには可能な限り外交手段を活用し、国際合意を築くことが必要であると改めて知らしめた、とも信ずる。実際、我々はトマス・ジェファスンの次の言葉を思い起こす。「私は願っている。我々の叡智が我々の力と共に伸びゆくことを。我々の力は温存した方が増大するのだと、叡智が我々に教えてくれることを」。

今日、米国には2重の責任がある。即ち、イラクがより良き未来を築くのを支援すること――そして、イラクをイラク国民に委ねること――である。同時に私はイラク国民に対し、米国は基地の設置を求めていないこと、また彼らの領土や資源について権利を要求する気がないことを明確に示した。イラクの主権はイラクのものである。私が、来年8月までに米軍の戦闘旅団を撤退させるよう命じたのは、この故である。我々が、7月までにイラクの各都市から戦闘部隊を撤退させ、2012年までに米軍をイラクから完全撤退させるという、イラクの民選政府との合意を遵守するのは、この故である。我々は、イラクによる治安部隊の訓練と経済開発を支援する。だが我々は、安全で統一されたイラクを仲間として支援するのであって、断じて保護者としてではない。

そして最後に、過激派による暴力を米国が断じて容認できないのと同様に、我々は己の原則を断じて変えたり忘れたりしてはならない。9.11は、我が国にとって大きな心的外傷であった。事件が引き起こした恐怖と激怒は理解できるが、それが我々の伝統と理想に反する行動に繋がることも間々あった。我々は、方針を転換すべく具体的行動を取っている。私は、合衆国による拷問の実施を明確に禁ずると共に、来年初頭までにグアンタナモ湾にある収容所を閉鎖するよう命じた。

故に米国は、各国の主権と法の支配を尊重しつつ、自国を防衛する。これに際し、同様に脅威に晒されているイスラーム社会と連携する。過激派が早期にイスラーム社会の中で孤立し、歓迎されなくなれば、我々皆の安全も早期に確保できよう。

イスラエル人とパレスティナ人の衝突[編集]

我々が話し合う必要のある緊張の原因の第2は、イスラエル人パレスティナ人とアラブ世界の間の状況である。

米国とイスラエルとの強い絆はよく知られるところである。この絆を断つことはできない。これは文化的・歴史的な結び付きに基づいていると共に、「ユダヤ人の祖国に対する願望は、否定のできない悲惨な歴史に根差している」との認識に基づいている。

ユダヤ人は世界中で何世紀にも亙る迫害を受け、欧州における反ユダヤ主義は空前のホロコーストで頂点に達した。私は明日、ブーヘンヴァルトを訪れる。かの施設は、ユダヤ人が第3帝国によって捕われ、拷問され、撃たれ、ガス室に入れられ、死に追いやられてきた収容所の1つである。600万人のユダヤ人が殺害された――これは、今日のイスラエルにおけるユダヤ人総人口を上回る。この事実を否定することは根拠がなく、無知であり、憎むべきことである。イスラエルを破壊すると脅すこと――あるいはユダヤ人に関する恥ずべき固定観念を繰り返し言うこと――は、ひどく誤っており、この最も痛ましい記憶をイスラエル人の心に呼び覚まし、この地の民が享受すべき平和を妨げるだけである。

一方、パレスティナ人が――ムスリムもキリスト教徒も――、祖国を求めて苦しんできたことも否定できない。60年以上に亙り、彼らは難民としての苦痛に耐えてきた。その多くは、ヨルダン川西岸ガザ、及びその近隣の難民キャンプで、今まで送れなかった平和で安全な生活を待望している。彼らは、占領に伴う屈辱――大小を問わず――に日々耐えている。だからはっきり言おう。パレスティナ人の現状は耐え難いものである。そして米国は、尊厳、機会、そして己の国家を求めるパレスティナ人の正当な願望に背を向ける気はない。

何十年にも亙り、膠着が続いている。正当な願望を持つ2つの民族が、いずれも痛ましい歴史を持つがために妥協点を見出し難くなっている。互いを指弾することは容易い――パレスティナ人はイスラエルの建国によって難民が発生した点を挙げ、イスラエル人は歴史を通じて国境の内外から常に敵意と攻撃に晒されてきた点を挙げる。だが、この対立を一方の側からのみ見るならば、真実に目を瞑ることになろう。唯一の解決策は、イスラエル人とパレスティナ人の各々が平和で安全に生活できる2つの国家によって、双方の願望を叶えることである。

それはイスラエルの利益になり、パレスティナの利益になり、米国の利益になり、世界の利益になる。故に私は、この任務が要する最大限の忍耐と献身をもって、こうした成果を個人的に追求する所存である。工程表の下で当事者同士が合意した義務は明確である。今こそ彼らが――そして我々皆が――平和の実現のため、己の責任を果たす時なのである。

パレスティナ人は、暴力を放棄せねばならない。暴力と殺人を通じた抵抗は誤りであり、成功することはない。何世紀もの間、米国の黒人奴隷としての鞭打ちや人種隔離の屈辱に苛まれてきた。だが、全幅の平等な権利を勝ち得たのは暴力の故ではなかった。それは、米国建国の中核にある理想を、平和的に、毅然として主張し続けたが故である。同様の話は、南アフリカから南アジア東欧からインドネシアに至る各地で聞くことができる。それは、「暴力には将来はない」という単純な真実の物語である。眠っている子らにロケット弾を撃ち込んだり、老いた女性らの乗ったバスを爆破したりすることは、勇気の証でも力の証でもない。斯様なことをすれば、道徳的権威を獲得するどころか、喪失することになろう[4]

今こそパレスティナ人にとって、何を築き得るかに焦点を合わせるべき時である。パレスティナ自治政府は、市民の要望に応える諸制度によって統治能力を伸ばさねばならない。ハマースは、一部のパレスティナ人の支持を得てはいるが、同時に己が持つ責任を認識せねばならない。パレスティナ人の願望を実現する役割を果たすため、またパレスティナ人を統合するため、ハマースは暴力をやめ、過去の協定を承認し、イスラエルの生存権を承認せねばならない。

同時にイスラエル人は、イスラエルの生存権が否定できないのと同様に、パレスティナの生存権も否定できないことを認めねばならない。合衆国は、イスラエル人入植地の継続に関する正当性を容認していない。こうした建設は、過去の合意に反しており、和平の達成に向けた取り組みを害する。これらの入植地を中止すべき時である。

またイスラエルは、パレスティナ人が生活し、働き、己の社会を発展させ得るようにするという義務をも果たさねばならない。ガザで続いている人道的危機は、パレスティナ人の家族に打撃を与えると共に、イスラエルの安全保障にとっても無益である。ヨルダン川西岸で続いている機会の欠如も同様である。パレスティナ人の日々の生活における進展は、和平への道の重要な一部分たらねばならず、イスラエルは、そうした進展を可能にするための具体的措置を取らねばならない。

そして最後に、アラブ諸国は認識せねばならない。アラブ和平構想は重要な第1歩ではあったが、これで己の責任が終わった訳ではないということを。アラブとイスラエルの対立がこれ以上、アラブ諸国の国民の注意を他の諸問題から逸らすために利用されるべきではない。むしろ、パレスティナ人が自国の存続に資する諸制度を構築するのを助け、イスラエルの正当性を承認し、過去に対する自滅的なまでの拘泥よりも前進を選ぶという行動の動機とならねばならない。

米国は、平和を求める者に政策を合わせ、イスラエル人、パレスティナ人、及びアラブ人に非公式に語ることを、公式にも語る。我々は平和を強制できない。だが内心では多くのムスリムが、イスラエルは消え失せないであろうことを認識している。同様に、多くのイスラエル人が、パレスティナ国家の必要性を認めている。今や我々は、真実であると皆が知っていることに基づき行動すべきなのである。

余りにも多くの涙が流れた。余りにも多くの血が流れた。我々は皆、努力する責任を負っている。イスラエルとパレスティナの母親らが、恐れることなく我が子の成長を見守ることができ、3つの偉大な信仰の聖地が、神の意図した平和な地となり、イェルサレムがユダヤ教徒とキリスト教徒とムスリムにとって安全で永続的な故郷となり、モーセイエスムハンマドが共に祈ったというイスラーの話[5]のように――イスラーの話のように、アブラハムの子らが皆、平和に交流する地となる日を目指して。

核拡散[編集]

緊張の原因の第3は、核兵器に関する各国の権利と義務を巡る、我々の共通の利害である。

この課題は、合衆国とイラン・イスラーム共和国との間の緊張の原因となってきた。長年イランは、我が国への敵対をもって己の立場を示す材料の1つとしてきたし、我々の間には動乱の歴史がある。合衆国は冷戦中、イラン民選政府の転覆に関与した[6]イスラーム革命以降、イランは米軍兵及び文民に対する人質監禁や暴力に関与している。この歴史はよく知られている。私は、イランの指導層と国民に明言した。我が国には、過去に囚われずに前進する用意があるということを。今問題なのは、イランが何に反対しているのかではなく、同国が如何なる未来を築きたいのかということなのである。

何十年にも及ぶ不信を克服することは難しかろう。そのことは私も認識しているが、我々は、勇気と清心と決意をもって前進する。我々2国間で論ずべき問題は多かろうが、我々は相互の尊重に基づき、前提条件なしで前進する所存である。だが核兵器に関する限り、我々が重大な段階に至ったことは、あらゆる関係者にとって明らかである。これは、単に米国の利害のみに関わる話ではない。事は中東における核兵器開発競争の防止に関わっている。競争が進めば、この地域を、ひいては世界全体を極めて危険な道へと導きかねない。

核兵器を持つ国と持たざる国が存在することに異を唱える者については、理解できる。どの国家が核兵器を持つのかを、一国家が選別すべきではない。私が核兵器保有国のない世界を求めるという米国の約束を再確認した[7]のは、この故である。そして、核拡散防止条約下での責任に従うのであれば、平和的に原子力を利用する権利を全ての国家――イランを含む――が得るべきである。その約束は同条約の中核であり、同条約を全面的に遵守する全国家のために守られねばならない。そして私は、この地域の全国家が、この目標を共有できると期待している。

民主主義[編集]

私がお話しする第4の課題は、民主主義である。

民主主義の推進に関する論争が近年生じていること、そしてこの論争の多くがイラク戦争に関連していることは承知している。だから、はっきり言おう。一国が他国に対して如何なる政体を強要することもできないし、強要すべきでもない。

しかしそのことは、民意を反映する政府をという私の傾倒を減ずる訳ではない。各国が、自国民の伝統に基づく各々の方法で、この原則に献身している。米国は、皆にとっての最善の方法を知っているとは思わない。これは、米国が、平和的選挙の結果を選び取れると思わないのと同様である。だが私は、全人類が切望するものがあると固く信ずる。即ち、統治方法に関する私見を述べたり、発言の機会を得たりする権利であり、法の支配と平等な司法行政とに対する信頼であり、透明かつ国民から掠め取らない政府であり、己の選んだ通りに生きる自由である。これらは、単に米国の思想であるのみならず、人としての権利でもある。我々がこれらを世界中で支持するのは、この故である。

さて、この約束を実現させるのは容易ではない。だが、これだけははっきりしている。こうした権利を保護する政府こそが、最終的にはより安定した、成功した、確固たる政府となる。意見を抑圧したところで、それを消し去ることはできない。米国は、平和的・合法的なあらゆる意見を世界の民が表明する権利を尊重する。たとえそれが同意しかねる意見であろうとも。そして我々は、選挙された平和的な全ての政府――全国民を尊重しつつ統治する政府――を歓迎する。

この最後の点は重要である。何故なら、権力の外にいるときだけ民主主義を擁護し、一旦権力を掌握しようものなら他者の権利を容赦なく抑圧する者が、一部にいるからである。故に統治する場所に関係なく、人民の、人民による政府は、権力を有する者に対して共通の基準を設定する。基準とは即ち、以下の諸点である。弾圧ではなく合意によって権力を維持せねばならない。少数派の権利を尊重し、寛容と和解の精神で参加せねばならない。己の政党よりも国民の利益と政治的手続きの合法的機能とを重視せねばならない。これらの要素を欠いたまま選挙のみを実施したところで、真の民主主義など実現し得ないのである[8]

信教の自由[編集]

我々が共に取り掛からねばならない第5の課題は、信教の自由である。

イスラームには、寛容という誇るべき伝統がある。宗教裁判の時代のアンダルシアコルドバの歴史の中に、それを見ることができる。私は幼少期に、インドネシアでそれを見た。ムスリムが圧倒的に多いかの国で、敬虔なキリスト教徒が自由に礼拝をしていたのである。これこそ、今我々に必要な精神である。あらゆる国の人民が、精神と心と魂の信念に基づき、自由に信仰を選び、信仰に生きることができて然るべきである。宗教が繁栄するにはこうした寛容が不可欠であるが、それは各方面で阻害されている。

ムスリムの一部には、他者の信仰の拒絶によって己の信仰を評価するという、不穏な傾向がある。豊かな宗教的多様性は維持されねばならない――それがレバノンマロン派であろうと、エジプトのコプト教であろうと。そして率直に言うならば[9]スンナ派シーア派の対立が、殊にイラクで悲惨な暴力を生んでいる中、ムスリム同士の対立も解消されねばならない[10]

信教の自由は、諸国民が共に暮らすための中心的要素である。我々は、信教の自由を守る方法を常に検討せねばならない。例えば、合衆国では慈善的寄付に関する規則によって、ムスリムが宗教的義務を果たすことが以前より困難になっている。故に私は、米国のムスリムと協力し、彼らが確実にザカートを遂行できるよう努力している。

同様に、ムスリムが教えを実践するのを西側諸国が妨げないことも重要である――例えば、ムスリム女性の服装に指図するようなことである。如何なる宗教に対しても、自由主義を口実に敵意を示してはならない。

実際、信仰は我々を結束させるべきである。我々が米国内で奉仕計画をし、キリスト教徒、ムスリム、及びユダヤ教徒を呼び集めようとしているのは、この故である。我々が、サウディ・アラビアアブドゥッラー国王による宗教間対話や、「文明の同盟」[11]におけるトルコの指導力を歓迎するのは、この故である。我々は、世界中で対話を宗教間の奉仕へと変え、もって民族間に架かる橋を行動へと――それがアフリカにおけるマラリアとの戦いであろうと、自然災害後の救援活動であろうと――繋げることができる。

女性の権利[編集]

第6の課題――私がお話ししたい第6の課題は、女性の権利である。この問題について健全な議論が為されていることは承知しているし、それは聴衆諸君を見れば判ることである[12]。私は、女性が頭髪を覆う義務を負うのは男女不平等だという一部の西洋人の見解には与しないが、女性が教育を受けられないのは確かに男女不平等だと考える[13]。女性が充分な教育を受けている国ほど繁栄する可能性が高いのは、偶然の一致ではない。

さて、ここで明確にしておきたいのであるが、女性の平等という問題は、単にイスラームのみの問題を意味する訳ではない。トルコ、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアなどの、ムスリムが多数を占める諸国で、女性が指導者として選ばれた例がある[14]。一方、米国の生活の多くの局面において、また世界各国において、女性の平等を求める苦闘が続いている。

私は確信している。我々の娘らは、息子らと同様に社会に貢献できると。全人類が――男女を問わず――己の可能性を充分引き出せるようになれば、我々の共通の繁栄は推進され得るであろう。私は、女性が平等であるためには男性と同じ選択をせねばならないとは考えない。私は、伝統的役割に生きることを選ぶ女性らを尊敬する。だが、それは自らの選択でなければならない。合衆国が、ムスリムが多数を占める諸国と協力して、少女らの識字率向上を支援したり、人々の夢の実現を助ける小口金融を通じて、職を求める若い女性を支援したりするのは、この故である。

経済開発と経済機会[編集]

最後に、経済開発と経済機会について論じたい。

グローバル化というものに相矛盾する2つの相貌を見て取る者が多くいることは、承知している。インターネットテレビは、知識と情報をもたらし得る半面、不快な性情報や無分別な暴力描写を家庭にもたらし得る。貿易は、新たな富と機会をもたらし得る半面、大きな混乱と変化を地域社会にもたらし得る。全ての国において――米国も含め――、こうした変化は恐怖をもたらし得る。即ち、近代化によって、我々は己の経済的選択肢、己の政治、そしてこれが最も重要なのであるが、己の帰属意識――己の地域社会や己の家族、己の伝統、己の信仰に関する最も大切なもの――を制御できなくなるのではないか、という恐怖である。

だが私は、人類の進歩は否定され得ないということも承知している。発展と伝統が相矛盾する必要はない。日本韓国といった国々は、独自の文化を維持しつつ、自国経済を大きく成長させてきた。クアラ・ルンプールからドゥバイに至る、ムスリムが多数を占める国々における驚異的な進歩についても同様である。古代でも現代でも、イスラーム社会は革新と教育の最前線にあったのである。

これは重要なことである。何故なら、如何なる開発戦略も、土地から産するもののみに基礎を置くことはできず、また若者が職を得られなければ維持できないからである。多くの湾岸諸国は石油によって巨富を築き、うち一部諸国は更なる開発に焦点を合わせ始めている。だが、我々は皆、認識せねばならない。教育と革新こそが21世紀の通貨であることを。これらの分野に対する投資が今なお不足しているイスラーム社会が余りにも多過ぎる。私は米国内で、こうした投資に力を入れる。米国はこれまで、世界におけるこの地域[15]では石油とガスに焦点を合わせてきたが、今後はより幅広い関与を模索している。

教育に関しては、我々は人材交流計画を拡充すると共に、我が父の渡米[16]を可能にしたような奨学金制度を増強する。同時に、より多くの米国人がイスラーム社会で学ぶことを奨励する。そして、前途有望なムスリムの学生に米国でのインターンシップを紹介する。世界中の教師や児童のため、オンライン学習に投資する。カンザス州の若者がカイロの若者と瞬時に通信できるよう、新たなオンライン・ネットワークを構築する。

経済開発に関しては、ビジネス・ボランティア部隊を新設し、ムスリムが大半を占める諸国における同様の組織と協力する。また、私は今年、「起業サミット」を主催し、合衆国と世界中のイスラーム社会とにおける財界首脳、財団、社会起業家の関係を強化する。

科学と技術に関しては、ムスリムが大半を占める諸国での技術開発を支援し、構想を商品化するための新たな基金を設立し、もって更なる雇用の創出を図る。また、アフリカ、中東、及び東南アジアに科学研究拠点を設置すると共に、科学担当使節を新たに任命し、新エネルギー源の開発、グリーン雇用の創出、記録のデジタル化、水質の浄化、新たな作物の栽培などの計画を共同で行う。また、私は本日、ポリオ撲滅に向けた新たな世界的取り組みを、イスラーム諸国会議機構と共同で行うことを発表する。そして、母子の健康を促進すべく、各地のイスラーム社会との協力を拡げる。

これらはいずれも、協力してなされねばならない。米国民には、世界中のイスラーム社会の市民や政府、地域組織、宗教指導者、及び企業と協力して、より良き生活を求める人民を支援する用意がある。

結び[編集]

今述べたような種々の課題は、容易に処理できるものではない。だが我々には、己の求める世界のために協力する責任がある。我々の求める世界、それは、過激派が人民を脅かすことがなくなり、米国兵らが帰国できる世界である。イスラエル人とパレスティナ人の各々が自国で安全に暮らし、原子力が平和利用される世界である。政府が国民に奉仕し、神の子全ての権利が尊重される世界である。これこそ我々の相互利益である。これこそ我々の求める世界である。だが、これは協力して初めて実現できるのである。

我々がこの新たな始まりを創出できるのか否かを疑う者が――ムスリムにも非ムスリムにも――多くいることは承知している。対立の炎を煽り、進歩を阻もうとする者もいる。努力など無駄だ――我々は相克する運命にあり、文明は衝突する運命にある――と言う者もいる。真の変革が起こり得ることについて非常に懐疑的な者は、更に多い。長年に亙り、多くの恐怖、多くの不信が積み重なってきた[17]。だが我々は、過去に束縛される道を選んでしまうならば、前進など決してできない。そして私は、殊に各国のあらゆる宗教の若人に、次のことを言いたい――諸君は、世界について再考し、この世界を改造する能力を誰よりも有するのだと[18]

我々は皆この世界を共有しているが、それはほんの一瞬に過ぎない。問題は、我々を分裂させる事柄に焦点を合わせてその時間を費やすのか、それとも共通点を見出し、子らのために我々が求める将来に焦点を合わせ、全人類の尊厳を尊重しようとする努力――持続的な努力――を引き受けるのかということである。

停戦するよりも、開戦する方が容易い。内省するよりも、他者を咎める方が容易い。他者との共通点を探すよりも、相違点を見付ける方が容易い。だが我々は、単なる容易な道ではなく、正しい道を選ぶべきである。全ての宗教の中核には、ある掟――自分がしてもらいたいことを他者に対してもせよ、という掟――が存在する[19]。この真理は、国家や国民を超越するものである――この信条は、新しいものでもなければ、肌の色が黒か白か茶色かを問わず、キリスト教徒かイスラーム教徒かユダヤ教徒かをも問わない。それは、文明の揺籃期に脈を打ち始め、今なお世界中の[20]数十億人民の心中で鼓動している信条である。それは他者に対する信頼であり、本日私をここへ導いた力でもある。

我々は、己の求める世界を創る力を有する。だがそれは、これまでの歴史[21]を心に留めつつ、新たな始まりを為す勇気を持った時のみである。

クルアーンは言う。「おお、人類よ! 我々は人類に男性と女性を創造し、国家と部族を創り、もって互いに理解し合えるようにした」[22]と。

タルムードは言う。「トーラーは全て、平和の促進を目的としている」[23]と。

聖書は言う。「平和を創る者は幸いである。何故なら、彼らは神の子と呼ばれるからである」[24]と。

世界の人々は、共に平和に暮らせる。それが神の思い描く世の姿であることを我々は知っている。これこそ、地上に暮らす我々の務めでなければならないのである。

ありがとう。諸君に神の平和のあらんことを。どうもありがとう。ありがとう。

訳註[編集]

  1. 原文は「Muslim-majority countries were too often treated as proxies」。逐語訳をするならば、「ムスリムが多数を占める諸国は、余りにも頻繁に代理国扱いされてきた」。ここでは、一連の中東戦争を念頭に置いているとみられる。
  2. ミネソタ州選出の下院議員キース・エリスン(Keith Ellison、1963年 - )を指す。2006年11月初当選。
  3. オバマ大統領は2009年4月6日にトルコを訪問し、大統領アブドゥラー・ギュルと会談した後、トルコ国会で演説した。演説の中でオバマは、「米国は過去も将来もイスラームと戦いはしない」と語った。「オバマ米大統領:「イスラムと戦わぬ」 トルコ国会で演説、言明」(『毎日新聞』2009年4月7日付朝刊)
  4. 原文は「That's not how moral authority is claimed; that's how it is surrendered」。逐語訳をするならば、「それは、如何にして道徳的権威を獲得するかではない。如何にしてそれを喪失するかである」。
  5. イスラーとは、アッラーフの僕(しもべ)が聖なる礼拝所から遠く離れた地の礼拝所まで飛んだという奇跡である。「僕」はムハンマドを、「聖なる礼拝所」はカアバを、「遠く離れた地」はイェルサレムを指すとされる。『クルアーン』第17アル・イスラー)第1に、これに関する記述がある。
  6. 1953年8月、モサッデク政権が倒れる政変が発生した。このときCIAは「エイジャックス作戦 (Operation Ajax)」と呼ばれる政権転覆工作を実施した。
  7. オバマ大統領は2009年4月5日、チェコの首都プラハにて行った演説の中で、核兵器なき世界を目指すとする立場を留保条件付きながらも表明した。「バラク・オバマのプラハでの演説」を参照せよ。
  8. この後、聴衆の中から「いいぞ、バラク・オバマ! (Barack Obama, we love you!)」との声が上がり、オバマ大統領は「ありがとう」と応じた。
  9. 原文は「if we are being honest」。この部分は事前の原稿にはなかった。
  10. 原文は「fault lines must be closed among Muslims」。逐語訳をするならば、「ムスリムの間の断層線は塞がれねばならない」。
  11. 「文明の同盟 (Alliance of Civilizations)」とは、スペイントルコの主導下で2005年6月に発足した、国連の下部組織である。国連本部ビル内に事務局を置く。「文明の衝突」の回避と異文化の共存を図る。
  12. 原文は「I know –- I know -- and you can tell from this audience, that there is a healthy debate about this issue」。この部分は、事前の原稿では「I know there is debate about this issue.(この問題について議論があることは承知している)」となっていた。
  13. 原文は「I reject the view of some in the West that a woman who chooses to cover her hair is somehow less equal, but I do believe that a woman who is denied an education is denied equality」。逐語訳をするならば、「私は、頭髪を覆うことを選ぶ女性は何故か平等以下であるという、一部の西洋人の見解を拒絶するが、教育を受けられない女性が平等な扱いを受けられないことは確かだと信ずる」。
  14. 原文は「In Turkey, Pakistan, Bangladesh, Indonesia, we've seen Muslim-majority countries elect a woman to lead」。逐語訳をするならば、「トルコ、パキスタン、バングラデシュ、インドネシアなどで、我々はムスリムが多数を占める諸国が、導くために女性を選ぶのを見てきた」。
  15. 中東を指す。
  16. オバマの父であるバラク・オバマ・シニア(1936年 - 1982年)は、米国のハワイ大学に留学してロシア語を学んだ。
  17. 原文は「There's so much fear, so much mistrust that has built up over the years」。このうち、that has以下のくだりは演説の際に追加された部分であり、事前の原稿には存在しなかった。
  18. 原文は「you, more than anyone, have the ability to reimagine the world, to remake this world」。このうち、「to reimagine the world,」は演説の際に追加された部分であり、事前の原稿には存在しなかった。
  19. 例えば『論語』衛霊公第十五には、「己所不欲、勿施於人(己の欲せざるところ、人に施す勿れ)」とある。「黄金律」の項を参照せよ。
  20. 原文は「around the world d」。この部分は演説の際に追加された部分であり、事前の原稿には存在しなかった。
  21. 原文は「what has been written」。逐語訳をするならば、「これまでに書かれてきたこと」。
  22. クルアーン第49章アル・フジュラート)第13より引用。
  23. 『タルムード』第3章(ナシム)第6編(ギッティン)59bより引用。
  24. 新約聖書マタイによる福音書 第5章第9節より引用。


外部リンク[編集]