德川慶喜松平容保以下ヲ寬宥ニ處スルノ詔書

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德川慶喜松平容保以下ヲ寬宥ニ處スルノ詔書(とくがわよしのぶまつだいらかたもりいかをかんゆうにしょするのしょうしょ)

  • 明治二年九月二十八日太政官御沙汰
    • 法令全書第九百三十八
  • 常用漢字表記:徳川慶喜松平容保以下ヲ寛宥ニ処スルノ詔書
  • : 德は徳、寬は寛、謹は謹、免は免、敎は教のJIS標準漢字 (JIS X 0208) 外の異体字である。Unicode表のBMP(基本多言語面、0面)が表示できるブラウザ環境でなければ、正しく表示されない。なお、U+FA30からU+FA60の文字は、JIS X 0213対応のフォントを指定してある。

詔書

朕聞明君德ヲ以テ下ヲ率ヒ庸主法ヲ以テ人ヲ待ツ顧フニ亂賊常ニ有ラス君德奈何ニアルノミ今ヤ北疆始テ平キ天下粗定ル慶喜容保以下ノ如キ各宜シク寬宥スル所アツテ自新ニセシメ以テ天下ト更張セン(是日德川慶喜以下數名愼ヲ

明治二年己巳九月二十八日

布告

法律ハ國家ノ重事ニ候處昨年犯逆ノ罪ニ於テハ名義紊亂ノ後ヲ承ケ政敎未洽ノ際ニ付 聖上深ク御反躬被爲在專ラ非常寬典ニ被處候次第就テハ今度深キ 思食ヲ以テ 詔書ノ通更ニ被 仰出候間名義ヲ明ニシ順逆ヲ審ニシ反省自新 盛意ヲ對膺可致候事