宇宙についての聖書的概念 (フランシスコ会訳)

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『聖書創世記 原文校訂による口語訳』
フランシスコ会聖書研究所、
1958年12月発行
『フランシスコ会訳聖書

宇宙についての聖書的概念[編集]

 聖書にしるされている宇宙は、当時の人々が一般にいだいていた考えにしたがったもので、三つの階層から成る。聖パウロはキリストを宇宙の王としてあがめるにあたり、「イエズスのみ名に対しては、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるものは、ことごとく、ひざをかがめなければならない」(フィリッピ2:10)と述べている。三つの階層は本句の中にも暗示されている。

 この三つの階層から成る宇宙は、三階だての建築物にたとえることができる。すなわち二階は天国であり、神と天使たちの住まい、一階は地であり、生きた人間の住まい、地下一階はよみのくにであり、死者の住いである。

 地(創1:9-11)は深淵しんえん(出20:4、サムエル下22:16)の上にあり、「水の上にひろげられ」(詩136〔135〕6:24〔23〕2)、強固な柱に支えられている(ヨブ9:6 38:6、詩75〔74〕4、サムエル上2:8)。深淵は蔵に閉込められている(詩33〔32〕7、なおヨブ38:8参照)。

 穴(イザヤ14:15、エゼキエル26:20 31:14-17 32:18-30、詩30〔29〕4 88〔87〕4-5、格1:12)をおりていくと、死者の国である地下の「よみのくに」(創37:35 42:38 44:29 31、申32:22、イザヤ14:9 11)に至る。

 地をとりまいている海のかなたの水平線上には、「民族の島々」(創10:5、イザヤ40:15 41:5 42:10)があり、これらは当時知られていた最も遠い国々である。

 海のはて(詩139〔138〕8-9)には、永遠の山(創49:26 申33:15、なお格8:24-29、ヨブ15:7参照)があり、天の柱(ヨブ26:11)ならびに宇宙全体の外壁および土台の役目をしている。

 一階の天井であり、同時に二階の床にあたるのが、大空(創1:6-8)である。これは打ちのばされた金属(ヨブ37:18、詩19〔18〕2「神のみ手のわざ」)のような大きな板(イザヤ34:4、詩104〔103〕2)で、水晶のように透き通っている(出24:10、エゼキエル1:22)。

 太陽、月、星は一定の軌道をとって、大空の内側面を横断し(創1:14-18)、鳥は大空の下を飛ぶ(創1:21)。太陽は夜の間、月と星は昼の間、それぞれ永遠の山に掘られたすみかにとどまる(ハバクク3:11、詩19〔18)5-7、なおヨブ9:7参照)。同じように、永遠の山には雪とひょうの蔵がある(ヨブ38:22)。

 水晶のように透き通った大空の上には、天国の海があり、そのために下から見ると、大空は水色に見える。大空にある水門が開くと、雨が降る(創7:11 8:2)。地をとりまく海のからい水とは異なり、天国の海の水はそこから降る雨水と同じように甘く、土地を肥やす力をもつ。神のすまいから山をうねって流れてくる水や泉も同じである(詩104〔103〕10 13)。

 天国の海の上には、神のすみかである山が北にそびえている(詩48〔47〕2-3 33〔32〕14 104〔103〕3、イザヤ14:13-14 63:15、ヨブ26:7)。諸天の天(詩148:4、申10:14、列上8:27)は、すべての上に及び、その丸天井は地の上、すなわち永遠の山の頂を土台としている(アモス9:6)。

 エゼキエルは、神のすまいである山の上に、理想郷エデンの園、すなわち神の園をすえている(エゼキエル28:13-15)。最後に聖ヨハネは黙示録の中で、天の新しいエルサレムをここに描いている。地上のエルサレムの輝きは、天のエルサレムのかすかな影にすぎない(黙21章)。天のエルサレムの中央にある玉座には、アルファとオメガ、始めと終りであるキリストがおられ、生命の水の源からかわく者に水を与えられる(黙21:6)。この水は、神と小羊の玉座から流れるまことの川となる(黙21:1)。この町は太陽と月を必要としない。神の栄光がこの町を照らし、子羊はともしびだからである(黙21:23)。(Cf. Lemaire-Baldi, Atlante storico della Bibbia, pp. 31-32.)


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