セオドア・ローズヴェルトの大統領就任演説

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ウィリアム・タフトの大統領就任演説

セオドア・ローズヴェルトの大統領就任演説
作者:セオドア・ローズヴェルト

この演説は、1905年3月4日に行われた。
ローズヴェルトは、米国は大国に相応しい行動を取るべきであり、他国に対しても自国に対しても不正を許してはならないと主張した。また、米国が行っている「民主共和制の下で大陸を治める」という壮大な実験が失敗すれば、世界中の民主主義が危機に晒されると説き、困難を恐れず民主主義を断固として守り抜く決意を表明した。

演説[編集]

我が同胞たる国民諸君よ。米国民は、如何なる国民よりも感謝せねばならない[1]。何故なら、我々が福祉幸福という大業を成し得たのは、己の強さという誇るべき精神のお陰でなく、その素地を神が我々に与え給うたお陰だからである[2]。国民としての我々は、新大陸で国民生活の基盤を築くことを認められた。我々は時代の後継者だが、我々は古き諸国における過去の文明の影響力によって強要された罰金をほとんど支払う必要がなかった。我々は、如何なる他人種とも命を賭して戦う必要はなかった。だが、我々の人生は、気概と努力を要するものであった。これらがなければ、より雄々しく頑健なる美徳は衰えてしまう。こうした状況下で我々が失敗するならば、それは我々自身の落ち度であろう。そして、過去に成し遂げた成功や将来訪れるはずの成功は、我々に慢心を生じさせるどころか、むしろ人生が我々にもたらす全てのことについての深く永続的な認識を生じさせ得る。全てのこととは、己の責任の存在を完全に認めることであり、また、これは肉体や魂に関しても言えることであるが、自由政府の下では強き民が最も繁栄できることを示すという断固たる決意である。

我々には多くのものが与えられたし、多くのことが当然に期待されてもいる。我々には他者と自身とに対する義務があり、いずれからも逃れられない。我が国は世界各国との関係において、その偉大さの故に大国になるべくしてなったのであり、我々はそうした責任に相応しい国民として振る舞わねばならない。大小を問わず、全ての国に言いたい。我々は、誠実かつ友好的な態度を取らねばならない。我々は、各国のあらゆる権利を正当かつ寛大に認めるとの精神で接することによって、各国の善意を確保することを真摯に願っているが、そのことを言葉でだけでなく行動でも示さねばならない。だが、国家の正義と寛大さは、弱国でなく強国によって示されるときには、個人のそれと同様に、最も重要である。我々は、他国に対する不正を控えるよう常に注意する一方、自国に対する不正もせぬよう努めねばならない。我々は平和を願うが、正義の平和や正当性の平和をも願う。我々がそれを願うのは、それを恐れるが故ではなく、それが正しいと思うが故である。決然と正しい行いをしているのであれば、弱国といえども我が国を恐れる理由など決してない。また、強国といえども、無礼な攻撃の対象として我が国を選ぶことなど決してできないのである。

世界の他の列強と我が国との関係は重要だが、国内関係の方がより重要である。米国の富や人口や力はこの125年間に大きく伸びたが、それに伴って旧来の諸問題も深刻さを増している[3]。力を持てば、責任と危険が常に付きまとう。我々の父祖は危難に直面したが、この危難は現在、更に大きくなってしまった。現在、我々は他にも、予想だにしなかった危難に直面している。現代生活は複雑かつ急激であり、ここ半世紀の驚異的な産業の発展による大きな変化は、我が国の社会的・政治的構造の至る所で感じられる。人類はこれまで、民主共和制の下で大陸を治めるなどという、かくも壮大かつ困難な実験をしたことがなかった。我が国の素晴らしい物質的幸福は国内のエネルギー、自助努力、及び個々人の自主性を高度に発展させてきたが、この幸福を生んだ状況は同時に、産業の中心地における巨富の蓄積には付きものの懸念と不安をも惹起した。我々の実験が成功するか否かは、我々自身の幸福のみならず、人類の幸福をも左右する。もしも我々が失敗すれば、世界中の自由な自治の根拠は根底から揺らぐであろう。だから、我々自身や今日の世界にとっても、未来の世代にとっても、責任は重大である。将来を恐れねばならない理由など我々にはないが、本気で立ち向かわねばならない理由は山ほどある。我々は眼前の問題の重大性を自身から隠しもしないし、これらの問題をうまく解決するために、恐れずに断固たる決意で取り組む所存である。

問題は新しいものであるし、我々が直面する任務はこの共和国を樹立・保持してきた父祖らが直面した任務とは異なっている。それでも、我々の義務が適切に履行されるべきものならば、真摯に任務に取り組み、問題に立ち向かわねばならないのであり、その精神は依然として本質的に変わらない。我々は、自治の難しさを知っている。如何なる者も、自由な人々の自由な意志を通じて諸課題にうまく対処しようと努めるような、高い徳性を持つ国民である必要はない。だが我々には、素晴らしい過去を築いた父祖の名声を裏切らないという信念がある。彼らは己の本分を果たし、我々が現在享受している素晴らしい財産を我々に遺した。この遺産を浪費せず、子孫のために増やせるという確信が、今を生きる我々にはある。そのためには、単に大きな危機の時だけでなく、日々の出来事においても、実践力、勇気、胆力、忍耐力といった資質、そして何よりも、高い理想への献身という力を示さねばならない。こうした資質や力があったからこそ、ワシントンの時代に共和国を築いた人々は偉大になり、エイブラハム・リンカンの時代にこの共和国を分裂の危機から守った人々は偉大になったのである。

訳註[編集]

  1. 原文は「no people on earth have more cause to be thankful than ours」。逐語訳をするならば、「地球上の如何なる国民も、我が国民以上の感謝すべき理由を持たない」。
  2. 原文は「this is said reverently, in no spirit of boastfulness in our own strength, but with gratitude to the Giver of Good who has blessed us with the conditions which have enabled us to achieve so large a measure of well-being and of happiness」。逐語訳をするならば、「このことは、己の強さという誇るべき精神の故でなく、福祉と幸福という大業を成し遂げる素地を我々に与え給うた神への謝意の故に崇められる」。
  3. 原文は「Such growth in wealth, in population, and in power as this nation has seen during the century and a quarter of its national life is inevitably accompanied by a like growth in the problems which are ever before every nation that rises to greatness」。逐語訳をするならば、「この国の富や人口や力の大きな伸びは、国民生活の125年間が、全国民が偉大になる前からの諸問題の同様の成長に、必然的に伴われるさまを見てきた」。