スッタニパータ
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経集(きょうじゅ、スッタニパータ)
原文:www.tipitaka.orgによるビルマ版のパーリ文
詩句の番号は中村元訳「ブッダのことば」によった。
目次 |
[編集] 1.1 蛇
1 体中に広がった蛇の毒を、(すぐに)薬で取り除くように、怒りが起こったのを(その瞬間に)取り除く修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
2 池に生えている蓮華を、水に入って折り取るように、愛着を完全に断ちきった修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。 ──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
3 奔流する渇愛の流れを、完全に枯渇させ、断ちきった修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
4 激流が脆弱な葦の橋を壊すように、高慢を完全にほろぼした修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
5 無花果の木々に花を探し求める(が得られない)ように、諸々の生存のうちに真実なるものを見いださない修行者は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
6 様々な怒りが心のうちに存在しない修行僧は、(怒りの)有る無しすら問題にしない者である。彼は「今世」も「来世」もともに捨て去る。 ──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
7 様々な思考概念をを砕いて余すことなく、心の内がよく整えられた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
8 行き過ぎず、戻り過ぎず、すべての戯論(認識における捏造機能、妄想)[1]をのり越えた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
9 行き過ぎず、戻り過ぎず、「すべてのものは虚妄である」と知っている修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
10 行き過ぎず、戻り過ぎず、「すべてのものは虚妄である」と知って欲(貪)[2]を離れた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
11 行き過ぎず、戻り過ぎず、「すべてのものは虚妄である」と知って愛着[3]を離れた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
12 行き過ぎず、戻り過ぎず、「すべてのものは虚妄である」と知って嫌悪(瞋)[4]を離れた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
13 行き過ぎず、戻り過ぎず、「すべてのものは虚妄である」と知って妄想分別(痴)[5]を離れた修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
14 悪い習慣がまったくなく、悪の根を抜き取った修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
15 この世に還り来る条件となる<煩悩から生ずるもの>が存在しない修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
16 生存に縛りつける原因となる<諸々の妄想、及び下草から生ずるもの>が存在しない修行僧は「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
17 (解脱を)妨げる五つの壁[6]を除き、悩むことなく、"疑"を乗り越え、矢を抜き去った修行僧は、「今世」も「来世」もともに捨て去る。──蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように。
[編集] 1.8 慈愛
143 (解脱という)目的をよくわきまえた者(すなわち出家者)が、静かな場所におもむいて為すべきこと。有能で、まっすぐであり、正直で、人の言葉をよく聞き、穏やか(な心を持ち)、思い上がりのない者であるように。
144 足ることを知り、わずかの食物で暮し、(なすべき)雑務が少く、簡素に暮らし、諸々の感覚器官が静まり、賢く、傲慢でなく、(托鉢先の)家で貪りのない者(であるように)。
145 智慧ある人たちが批判するようなことは、いかなることも為さないように。生きとし生けるものが、幸せでありますように。安楽で平安でありますように。
146 およそ生きている者はすべて、動きまわるものでも、動きまわらないものでも、長いものでも、大きいものでも、中ぐらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、巨大なものでも、
147 見たことがあるものも、見たことがないものも、遠くに住むものも、近くに住むものも、すでに生まれたものも、(今にも)生まれようとしているものも、すべての生けるものが、幸せでありますように。
148 他人を欺いてはならない。どこにいようと、だれであろうとも、他人を軽んじてはならない。互いに、憤り、怒りの想い[7]から、他人に苦痛を与えることを望むことがないように。
149 あたかも、母がたったひとりのわが子を、命がけで守るように、すべての生きとし生けるものに対して、無量の(慈しみの)心を作りなさい。
150 全ての世界に対して、無量の慈しみの心を作りなさい。上に、下に、また横に、隔てなく怨みなく敵意なき心を育てるように。
151 立っているときも、歩いているときも、坐っているときも、横になっている時でも、眠らないでいる限りは、この(慈しみの)心をしっかりとたもっているように。 この状態は、「(この世における)梵天の境地」と呼ばれる。
152 邪見にとらわれず、戒を保ち、正見(しょうけん)を具えて、諸々の欲望に関する執着を取り除いた人は、再び母胎に宿ることがない。
[編集] 4.2 学徒アジタの質問
1032 (アジタ尊者がたずねた) 「世の人々は何によって覆われているのですか? 人々は何ゆえに輝かないのですか? 人々をけがすものは何ですか? 人々の大きな恐怖は何ですか? それを説いてください。」
1033 (アジタに世尊が答えた) 「アジタよ。無明によって、人々は覆われている。強い欲と、怠惰の心ゆえに、人々は輝かない。渇望によって人々はけがれる。苦しみが人々の大きな恐怖である、とわたしは説く。」
1034 (アジタ尊者がたずねた)「煩悩の流れはすべてのところに向かって流れます。何が、その流れをせき止めるものとなるのですか? 何がその流れの防護なのですか? 何によって、その流れは塞がれるのでしょうか? それを説いてください。」
1035 (アジタに世尊は答えた)「アジタよ。世の中における煩悩の流れをせき止めるものは、<今に気づいていること>[8]である。
<今に気づいていること>が煩悩の流れの防護である、とわたしは説く。智慧によって、それらは塞がれる。」
1036 (アジタ尊者がたずねた)「まさに智慧と<今に気づいていること>であります。では、<精神と肉体>[9](存在)は、いかなる場合に滅するのですか? おたずねしますが、このことをわたしに説いてください。」
1037 「アジタよ。そなたが質問したことを、わたしはそなたに語ろう、<精神>と<肉体>(存在)が滅する所を。識別作用(識)が滅することによって、ここに(存在が)滅する。」
1038 「この世には、法(ダンマ)を十分に理解した人もあり、学びつつある人もあり、凡夫もおります。おたずねしますが、かれらはどのようにふるまうべきなのでしょう、それを語ってください。」
1039 「修行僧は、六つの感覚器官によって得られる欲望に耽けってはならない。心が濁ってはならない。すべての状況に[10]熟達して[11]、修行僧は、<今に気づきながら>旅を続けなさい。」
[編集] 脚注
- ↑ papañca
- ↑ lobha
- ↑ rāga
- ↑ dosa
- ↑ moha
- ↑ "五蓋(ごがい)" 1.五欲に対する依存、2.異常な怒り、3.怠惰と眠気、4.混乱と後悔、5.疑い
- ↑ saññā、想い、概念
- ↑ sati、気づき
- ↑ nāmarūpa
- ↑ 一切の法に、sabbadhammānam
- ↑ kusalo
[編集] 参考リソース
邦訳
中村元「ブッダのことば(岩波文庫)」,岩波書店,1984
正田大観「スッタニパータ和訳」(www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/sho20070317.html)
英訳
"Access to Insight"The Sutta Collection
Translated by John Ireland, Thanissaro Bhikku
(www.accesstoinsight.org/tipitaka/kn/snp/index.html)
独訳
SUTTA-NIPĀTA, Lehr-Dichtungen
(www.palikanon.com/khuddaka/sn/sn_00.html)