ジミー・カーターの大統領就任演説

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ジミー・カーターの大統領就任演説
作者:ジミー・カーター

この演説は、1977年1月20日に行われた。カーターは、内政の強さが外交の強さを生むことや、米国の民主主義を他国の模範たり得るようにせねばならないことを指摘し、内政政策としては人権の尊重、外交政策としては核廃絶に向けた取り組みを推進するとした。

演説[編集]

我が前任者が私自身と我が国のため、国土を癒すためにしてくれた、全てのことに対して感謝する。

国民に向けた、実態のある儀式において、我々は国民の内なる精神力を今一度宣言する。我が高校時代の恩師であるジュリア・コールマンが常々語っていたように、「我々は時代の変化に対応しつつ、不変の原理を堅持せねばならない」のである。

私の手元には、1789年に我が国の初代大統領の就任式にて使われた聖書がある。そして私は、ほんの数年前に母から贈られた聖書を使い、古代の預言者ミカによる不朽の訓戒を前に就任宣誓を為したところである。訓戒とは、「人類よ。神は、良き行いの何たるかを汝に示し給うた。主が汝に求めることは、公正に行い、慈しみ、神と共に謙虚に歩むことではないか」[1]である。

この就任式は新たな門出、政府の新たな貢献、そして我々全員の新たな精神を示すものである。大統領は、この新たな精神を感じ取り公言するが、それを生み出すのは国民なのである。

2世紀前に我が国が誕生したことは、自由を求める長き歴史における画期であった。だが、建国者らを駆り立てた壮大かつ輝かしき夢は、未だ完成していない。私は本日、新たな夢を提示しようとしている訳ではない。むしろ、旧来の夢に対する信念を新たにしたいのである。

我々の社会は、精神性と人間の自由の両面において、己の立場を公然と示した最初の社会であった。この独自の自己規定こそが、我が国の比類なき魅力である。だがそれは、道義的義務を負う場合には常にそのことが我々の最大の関心事となるという、特別な責務を己に課してもいる。

諸君は、重大な責任を私に与えたのである。諸君に寄り添い続け、諸君の期待に応え、諸君の意見を反映させる責任を[2]。団結と信頼という新たな国民精神を、共に創ろうではないか。諸君の力は私の弱さを補い、諸君の叡智は私の過ちを最小限に留めるのを助けることができる。

最後には正義の名のもとに勝鬨をあげることを信じて、共に学び、共に笑い、共に働き、共に祈ろう。

米国の夢は不滅である。私は米国がより良くなるに違いないと信ずる。我々は今一度、自国及び互いを充分信頼せねばならない。我が国は、これまで以上に強くなれるのである。

最近の過ちを教訓に、我が国の基本原理への新たな誓いを為そう。何故なら、自国の政府を蔑むならば、我が国に将来はないからである。我々には短期間ながらも立派に団結した、特別な時期があったことを思い出そう。そうした時期には、達成できない目標などなかったのである。

だが我々は、過去の栄光に固執している訳にはゆかない。我々は、流されるがままでいる訳にはゆかない。我々は、国民が生活に挫折したり、凡庸な生活に甘んじたり、生活の質を低下させるような事態を容認するわけにはいかない[3]。我が国の政府は、有能かつ情け深くなければならない。

我々は、既に高度な個人の自由を築いており、機会均等を増進すべく目下奮闘しているところである。我が国の人権に対する取り組みは絶対的でなければならず、我が国の法律は公正でなければならず、自然の美は保護されねばならない。強き者は弱き者を虐げてはならず、人間の尊厳は高められねばならない。

「より多いこと」は必ずしも「より良いこと」ではないということ、偉大な我が国ですら限界があること、そして我が国が全ての疑問に答えられる訳でも、全ての問題を解決できる訳でもないことを、我々は思い知った。全てを達成できる訳でもなければ、将来に立ち向かう際に大胆さを欠く訳にもゆかない。故に、我々は共に、公益のために自己犠牲の精神を持ち、ひたすら最善を尽くさねばならないのである。

国内で強くあることで初めて、我が国は海外でも強くあることが可能なのである。他国の自由を増進する最善の道は、我が国の民主主義体制が見習うに足るものであることを、国内で実証することなのである。

己に誠実であるためには、他者にも誠実でなければならない。我が国は、国内の規則や規範を破るような振る舞いを諸外国で為したりはしない。何故なら、我が国が得る信頼こそ、我が国の力にとって不可欠だからである。

今や世界は、新たな精神に満ちている。より多くの、より政治意識のある人民が、恵まれた環境を――物質的利益ではなく、基本的人権を――求めているのである。

自由への情熱は高まっている。この新たな精神を汲み取り、真に慈悲深い公正かつ平和な世界の形成を助けることほど、新たな始まりの日に米国が担うべき気高く壮大な任務はあるまい。

我が国は強い国家であり、その力を――兵器庫の規模ではなく、思想の気高さに基づく静かな力を――充分に維持し続ける。この力を戦闘で証明する必要などあるまい。

我が国は油断せず、弱みを見せず、貧困、無知、不正と戦う。何故なら、これらは我々の力を合わせて対決すべき敵だからである。

我々は、誇り高く理想に燃える国民である。だが、我々の理想主義を弱さと混同されるようなことがあってはならない。

自国が自由であればこそ、我が国は他国における自由の運命に無関心ではいられないのである。我が国は己の道徳心に基づき、個々の人権に対する恒久的な敬意を我が国と共にする社会を、明確に支持する。何も我々は脅そうとしている訳ではない。だが、他者が罰せられることもなく支配するような世界は、謙虚さに冷淡であり、全人民の幸福を脅かすであろうことは明らかである。

今なお世界は、潜在敵との勢力均衡の維持を確かなものとすべく、大規模な軍備拡張競争を続けている。我が国は、各国の安全保障に必要な限度にまで世界の軍備を制限すべく、忍耐と叡智をもって取り組むことを誓う。そして我が国は今年、最終目標――この地球からあらゆる核兵器を廃絶するという目標――に向けて、第一歩を踏み出す。我々は、全人民が参加するよう求める。何故なら、成功は死ではなく生を意味するからである。

我々合衆国国民の内で、真剣な、確固たる自信が再燃していることは明らかである。そして私は、大統領としての任期を満了する際、人民が我が国について次のように言ってくれたらと願う。

「我々は、ミカの言葉を忘れず、謙遜、慈悲、及び正義の探求を新たにした」。「我々は、異なる人種や地域、宗教を分かつ障壁を破壊し、不信に満ちた地にて多様性の尊重による結束を樹立した」。「我々は、能力のある者のために生産的な仕事を与えた」。「我々は、米国社会の基盤たる米国の家庭を強固なものにした」。「我々は、弱者と強者のため、富者と貧者のために、法の尊重、及び法の下での平等な扱いを保証した」。「我々は、米国民をして今一度自国の政府への誇りを持たしめた」。

私は願っている。「米国は戦争という兵器によってではなく、米国の最も尊き価値を反映した国際的政策によって、恒久的平和を築いた」と、世界の人民が言うようになることを。

これらは私だけの目標ではないし、私だけの業績となる訳でもない。我が国の持続的精神力を、そして衰えることなく拡がり続ける米国の夢への信念を、確認することなのである。

どうもありがとう。

訳註[編集]

  1. 旧約聖書ミカ書第6章8節を引用。
  2. 原文は「responsibility to stay close to you, to be worthy of you, and to exemplify what you are」。逐語訳をするならば、「諸君と親密であり続け、諸君に相応しい存在となり 、諸君の何たるかを例示する責任」。
  3. 原文は「We reject the prospect of failure or mediocrity or an inferior quality of life for any person.」。逐語訳をするならば、「我々は、如何なる者の生活についても失敗や凡庸、劣った質といった見込みを拒絶する」。


  • 底本
    • 大谷立美(監修・解説)、山川さら(訳)『アメリカ大統領の英語――就任演説 第5巻 カーター/レーガン』 アルク、1994年。ISBN 4872343085
  • 訳者:初版投稿者(利用者:Lombroso